行動に抑制が効かない利用者様に対して


 利用者S様(女性、71歳、要介護4)は、前頭側頭型認知症です。若年性認知症に多い、特質性行動や人格変貌が特徴的な利用者様のひとりです。介護にあてる費用や、ご家庭内での様々な問題対策とご要望の中で、担当ケアマネジャー様のきめ細かいマネージングにより、認知症対応型通所介護の“スーパーデイようざん栗崎”の利用の他、一般デイと訪問介護を併用利用ということで、ご利用開始となりました。


 S様の行動障害は、理解・判断力が極度に低下し、思ったままにしか行動できず、その行動に制限が利かないというものでした。つまり、S様の全てに全介助と見守りが必要であるということです。例としては、とにかく歩く。衣類がずれていたり、靴がきちんと履けていない状態で転倒する恐れのある状態でも足を止めることができないのです。肉体的にはまだ若いので、歩くスピードも駆け足に近い状態です。食事も食べたいという欲望だけが前面に出てしまい、“咀嚼してバランス良く食べる”という事は出来ません。とにかく目の前の物を口へ掻きこむという状態です。以前に食物を喉に詰まらせた経験も有ったそうです。送迎中では、シートベルトを外し送迎車の後部座席から助手席に移動したり、車内装置に手を延ばしスイッチ操作を繰り返したり、雨天時に使用する傘を車内で開いたりということもありました。トイレでは排尿排便中の立ち上がり、同じ言葉を繰り返すだけの滞続言語、表情も乏しく瞬きもできないようなS様に他の利用者様からも戸惑いの様子が明らかに受け止められました。また、“そうしたい”と思ったことがその場の行動なので、躊躇無く様々なことが即行動として表現され、その行動に制限が利かないので、危険な物や事でも他人の物でも何でも繰り返し連続行動として表現されてしまいます。とにかくS様に対しての課題は山積されていました。


 S様の生活環境は長男様との2人暮らし。近くに長女様もいらっしゃるようですが、キーパーソンはこの長男様です。S様にとって救いなのは、この長男様がS様の症状に「しょうがない」と割り切り明るく接して頂いていることです。少し放任的で関わり浅い部分もありますが、暗く落ち込んでしまうより、S様との介護関係が良好のように思われます。その中で、私達もS様の問題に対し『難しい』と考えて頭を抱えることよりも、問題にまず向き合い、人員配置など物理的な問題を可能な限り考慮し、S様の横にはできるだけ1名の職員が付き、ユニット内におけるS様の行動をサポートすることに徹しました。S様は、こちらからのお話は分かっていただけません。しかし、傍らに職員が一人付くことによって、危険行動は回避することが可能となり、他の利用者様からは、「その人は一人じゃいらんないんかい」「大変だのう」などとお声掛け頂き、他者とのコミュニケーションに繋げることもでき始めました。その様な取り組みを続けているうちに他の利用者様からはS様の行動傷害を“気になるが受け入れる”という空気も漂い始めたのです。例えば、人手の少ない時間帯に職員がちょっと目を離した隙に、他者の湯呑みに手を延ばしても、「ちょっと、あたしのお茶飲まれちゃったんだけど」と笑って教えて下さったり、ペーパータオルを繰り返し引き出してるところを発見して「あぁ、あんなことしてるよ」と笑顔で教えて下さったり、ソファで横になっていると思ったら急にそのまま靴も履かずに歩きだすS様を見て「歩いちゃったよ」「あれあれ、靴履いてないよ」と教えて下さったりと、全員では無いですが行動傷害に対し“否定的では無い”というより“否定してもしょうがない”という空気が漂い始めたのです。もちろんこのような状態に持って行くまでには時間がかかりましたが、手探りながら傍らに一人付く職員の奮闘ぶりを見ているうちに、他の利用者様にも何か伝わるものがあったのかもしれません。他の利用者様にそういった空気が流れ始め、職員が傍らに一人付けば、気分転換に繋がる散歩や外出もS様へ提供可能になり、実際、他の利用者様と一緒に様々な場所へ外出レクの実施ができるようになりました。


 S様のような前頭側頭型認知症の方の身体状況がよくなるということは無いでしょう。むしろ身体機能年齢も若いので、進行も早いと思います。実際S様とは約1年のお付き合いをさせて頂いていますが、S様の身体機能も一年前に比べ落ちているように思われます。しかし私達は、できるだけ長い時間S様と携わり、試行錯誤の中の努力を続けて行きたいと思っています。なぜなら、S様は困難例の生きる教科書であり、机上の学習や理論では学べない経験を瞬間、瞬間に教えて下さるからです。


 まだまだ、様々な事を習得したい私達ですが、今後の努力、奮闘ぶりを試すかのように、S様の周辺症状は今日も激しく続きます。    

(スーパーデイようざん栗崎 大島)